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孫たちへの伝言
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【写真は昭和17年9歳の時 鹿島神宮参道大鳥居 中央は細田益次郎先生】

小学校の思い出
 じいちゃんが小学校1年生の時にじいちゃんのお父さんは、お母さんを追い出して自分もじいちゃんを捨ててどっかへ行ってしまった。
 学校の帰り道でお母さんに遇った。「もさく、かあちゃんはボウシュウへ(母の実家)行くからな」と、言った。じいちゃんはボウシュウへ泊まりに行くと思い「早くけえってこいよ」と、言ってそのまま別れてしまった。それが最後の別れになるとも知らずに。お母さんはいくらたっても帰って来なかった。
 当時、六歳のじいちゃんにはその事が何を意味するのか分からなかった。じいちゃんはお婆さんに育てられた。じいちゃんのおじいさんは物臭で、魚釣りや盆栽いじりばかりしてほとんど働かなかった。家族皆で働いても貧しかったのにお婆さん一人しか働かなかったので本当に貧乏だった。
 皆の前では何も言わなかったが一人になった時はいつもお母さんの事を思い出しては泣いていた。タダ、じいちゃんは何故か、お父さんや、お母さんのことは一言もお婆さんには言わなかった。運命というのか、親子の絆が薄かったのか、それともばあちゃんに悪いからと思ったのか、それとも一人で頑張っているばあちゃんに心配をかけまいとの気配りだったのか。じいちゃんには今でも分からない。
 小学校4年生の時鹿島神宮へ遠足に行きその記念写真にじいちゃんだけが裸足で写っていた。今年の鹿島神宮の祭頭祭に右方[賀郷]の大総督にみっくん(実芳)と、たーちゃん(隆秀)が選ばれて、大豊竹の奉納の日2月8日お前達が、パパやママと一緒に鹿島神宮の大鳥居の下で大豊竹の到着を待っていた時それを見ていたじいちゃんの目から急に涙が溢れてきた。
 お前達と同じ年頃のじいちゃんの生活は今のお前達と比較したらまるで虫けらのような生活だった。だから、じいちゃんの夢は平凡で良いから家族皆で明るく幸せな生活を送るそんな家庭を夢に見ていた。
 お前達が居て、パパやママが居て、じいちゃんやばあちゃんが居る、昔から夢に見ていたとおりの幸せな今の生活にじいちゃんの目から昔の悲しさや、今の喜びが一緒になって感動の涙が出てきた。
 皆に涙を見られたくなかったのでお前達に背を向けて後ろを見た、その瞬間じいちゃんの目に飛び込んできた光景があった。その瞬間じいちゃんの記憶から消え去っていた辛く悲しい思い出したくない記憶が目の前に在った。
 大鳥居をくぐると石段の右端の一段目の右から三人目に、一人裸足でいるのが恥ずかしくて逃げ出したくなるような気持ちから、カメラに顔を背けてうつむいて寂しそうに足をカメラのレンズから隠すように写って居るのがじいちゃんだ。
 遠足が決まって、靴が壊れてしまっていたが一人で働いている、お婆ちゃんに靴が欲しいと言えなかった。じいちゃんは古びた藁ぞうりを履いて遠足に出かけたが途中で鼻緒が切れてしまったので捨ててしまった。裸足を皆に見られるのが恥ずかしくて皆から離れて後から歩いていた。
 あんなに、恥ずかしく、惨めな、逃げ出したくなるような幼い頃の悲惨な環境をバネにじいちゃんは頑張ってきたので今がある。その、体験をお前達に伝言として、大きくなったら読んで欲しいそして、人間として一番大切なことを分かって欲しいから記録しておく。

     孫達への伝言     じいちゃんより
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